商品詳細
さくらんぼ社長の経営革命-入園者ゼロになった観光農園の売上を過去最高にできたしくみ
〇本の長さ 272頁
〇出版社 中央経済社
〇発売日 2023年6月6日
〇寸法 14.9×1.9×21cm
コロナ禍で観光農園に逆風が吹き荒れる中、毎年約2万人のさくらんぼ狩りのお客様が0になりました。しかし2020年度、株式会社やまがたさくらんぼファームの売上は年商3億円を突破し、過去最高になりました。外部環境が大きく変化することを予測し、販売チャネルを「観光農園」から「通信販売」へ柔軟にシフトすることができました。
なぜ、こんなことができたのでしょうか?
それは、過去に「悔しい経験」をしていたからです。
東日本大震災や債務超過、就農してすぐ父と大喧嘩して離農しサラリーマンをしたことなど。これらの危機から学び、経営理念と目標を掲げ、自社の強みを最大化する戦略と戦術を構築し、果樹の生産、販売、観光、加工、飲食の5本の柱をたて持続的な農業経営を目指してきました。
株式会社やまがたさくらんぼファームは、12期連続で黒字決算です。講演や視察で伝えきれないことやこれまで蓄積してきた経営の考え方をこの本に詰め込みました。農業後継者や新規就農者をはじめ、多くの人たちに私たちの経験が少しでも役立てば幸いです。
大ピンチだから思い切り変わることができた
入園者ゼロになった観光農園の売上を過去最高にできた本当の理由
私たちの事業は、果樹の生産・販売・観光・加工・飲食の5本の柱で構成されています。その中でも、大きな売り上げを占めるのが「観光」と「販売」です。特に観光農園は、山形県内最大級で毎年約6万人のお客様を集客していました。年間売り上げのおよそ半分を観光部門で稼いでいたのです。
コロナ禍では観光の売上は見込めないと判断し、販売チャネルを「観光農園」から「通信販売」へ大きくシフトしました。特に自社のネット販売に注力し、今まで観光部門に使っていた戦力を迷わずそこへ振り向けました。結果、今までの「観光農園」を大きく上回る「通信販売」の売上を確保して、危機を乗り越えることができました。それどころか、気づけば過去最高の売上になっていたのです。
なぜ、こんなことができたのでしょうか?それは、以前とても「悔しい経験」をしていたからです。
「2011年3月11日、東日本大震災発災」
日本海側の山形県はほぼ実害はなく、燃料不足を除けば日常の生活を送っていました。この時点で年間売上の約6割を稼がなければならないサクランボシーズンは、3ヶ月後に迫っていました。この時私は、「サクランボ狩りの入園者数は平年より少なくなるものの減っても1割~2割だろう」という仮説をもとに何の対策も打たずにサクランボシーズンに突入しました。結果は惨敗。入園者が平年の半分以下になったのです。この年は豊作で品質も良好、果樹園にはサクランボがたわわに実っていました。収穫する労働力を確保できなかったため、サクランボを大量に廃棄することになってしまいました。
「判断と初動の遅れが敗因」
今でもあの時のさくらんぼ畑の風景を思い出すことがあります。「あの時こうしておけば」という悔しい思いをずっと持ち続けていました。
「悲観的に準備し、楽観的に行動する」
そして2020年、新型コロナウイルスが日本で確認されると、「これはやばい」と直感しました。「観光農園」の売上が激減するという仮説を立ててすぐに動きました。頭をよぎったのはあの2011年の東日本大震災の悔しい経験です。「同じ轍は踏まない!」という強い気持ちでコロナ危機に対処しました。課題は2つ。「販売先の確保」と「サクランボを収穫する労働力の確保」です。
「自社の強みを活かす」
やまがたさくらんぼファームは、ほぼ100%消費者への直接販売を行っているので、顧客の需要を敏感に感じ取ることができます。創業時から積み上げてきた顧客リストもあります。「観光がダメなら通販だ!」そう決断してすぐに観光農園の休業を決めました。強みの「観光農園」を捨て、もう一つの強みだった「通信販売」に賭けました。社員のアイディアから生まれた「ワケあり倶楽部」という商品が大ヒットし、「販売先の確保」という課題を解決。「サクランボを収穫する労働力の確保」は、休館中だった天童温泉の従業員の皆さまに手伝っていただくことでクリアしました。
「ピンチを乗り越えて気づいたこと」
私たちはこれまでに何度もピンチに陥り、失敗を繰り返してきました。
まずは、大学を卒業し就農してすぐに父(当時社長)と大喧嘩をして家出、離農し県外でサラリーマンをしたこと。次に、2年後「やりたいことがやれる」と思って再び山形に戻ったのですが、2,500万円の債務超過で補助金をいただくことも銀行から借入れすることもできずマイナスからスタートしたこと。脱家族経営・脱どんぶり勘定を目指し、経営を改善している中、2011年に東日本大震災で売上を大きく落としたこと。
1つ目のピンチからは、農業の後継者を決め、育成することの難しさを感じました。2つ目のピンチからは、農業は思っていたより儲からないということ、農業の収益性の悪さを痛感します。3つ目のピンチからは、自然災害の恐ろしさを体感しました。地球温暖化、異常気象の影響で農業はより不安定な産業になっています。
危機から学んだことを経営に活かすべきだと考え、「後継者の育成」「儲かる農業」「自然災害リスクから農業経営を守る取組み」など、少しずつですが具体的に進めてきました。
4つ目の大ピンチだったコロナ禍を乗り越えられたのは、今まで積み上げてきた経験と農業経営における様々な蓄積があったからです。経営理念や目標を掲げ、自社の強みを最大化する戦略・戦術を構築し、顧客からの信頼を積み上げ、人材育成や設備投資をしてきました。
強制的に変わることを迫られたコロナ時代に、私たちはさらに経営を強靭化できました。密回避や非接触が求められたため、果物を自動販売機で販売することも実現できましたし、草刈ロボットを導入しスマート農業を推進しました。その中でも、もっとも大きな成果は、新たなお客様や仲間とつながれたことです。そして、これまで持っていた固定観念を壊すこともできました。
「観光農園は本当に儲かっていたのか?」
創業して50年、2020年ははじめてサクランボ狩りの受け入れをお休みしました。そこで気づいたのが「観光農園」の大変さです。それまで、くだもの狩りを受け入れるにあたって、当然のように1日のスケジュールをお客様に合わせていました。しかし、お客様を受け入れることをやめれば、私たちのペースで収穫、出荷、販売の作業をすることが可能になります。みんなで一斉に休憩することができ、お客様を待つという行為がありません。戦力の分散がないので、集中して大きな力を発揮することができます。お客様をお迎えする日々の準備作業をする必要がなく、ショップやカフェ、園地、トイレなどの掃除、つり銭の準備、商品の発注などの業務がなくなりました。入園受付や入園案内も必要ありません。今まで儲かると思って当たり前にやってきた観光農園について、「大変な事業をやってきたんだなぁ」と考えるようになりました。観光農業は、私たちがイメージした通りに儲かっていたのか。もっと違うやり方はないのか。一から見直すきっかけになりました。
さらにコロナ時代が終わっても、売上構成や仕組みを2019年に戻してはならないと考えました。なぜなら、コロナ前の観光農業は、オーバーツーリズム状態だと思っていたからです。団体のお客様を制限なく集客し、土日にお客様が集中していたことで、一部の顧客満足度が下がっているように感じていました。また、コロナ禍に強化した「通信販売」部門をゆるやかに維持しながら「観光農園」部門の売上を回復していかなければなりません。
「限定された戦力で通信販売と観光農園の対応をするにはどうしたらいいか」
まずは、デジタルサイネージを導入し、くだもの狩りの注意などを説明する入園案内を動画でご覧いただけるようにしました。同じ動画をYouTubeにアップしておくことでお客様が来園前にチェックすることも可能になりました。これにより、入園受付と案内の省力化と効率化を図ることができました。
2022年には、さくらんぼ狩りの入園料にダイナミックプライシングを取り入れました。A、B、C、3パターンの入園料を設け、過去の入園者数の推移を参考にしてさくらんぼ狩りの入園料を決定します。例えば、ハイシーズンである6月の土日は、一番入園料が高いA料金になりますし、お客様が少なくなる7月の平日は一番安いC料金にします。そうすることで、土日の混雑を緩和させ入園者数を平準化させることができました。また、入園料の見直しを行い、くだもの狩りの内容に付加価値をつけ差別化することで、団体旅行の価格競争に入らなくても自社でしっかりと集客できる仕組みをつくりました。2023年のさくらんぼ狩りの入園者数は、2019年の半分ほどですが、入園料の総額は約9割まで回復し、顧客満足度も上昇しました。
「多くの柱をたて太くしていくことがリスクに強い」
ここまで私たちが「なぜコロナ禍を乗り越えられたか」をご紹介してきました。突然、何かの理由で販売ルートがなくなっても、それにかわるものをつくっておくこと。外的要因から経営を守るためには常に予備対策が必要です。私たちは「観光農園」にかわる「通信販売」という売上の柱をもっていたからコロナ危機を乗り越えることができました。「観光農園」の柱が倒れたコロナ禍は「通信販売」の柱を太くする機会だったかもしれません。
くだもの狩りをしない山形県人がフルーツパフェを食べに来てくれる謎!?
価格競争に入らない商品が農業の6次産業化成功のポイント
「6次産業化」とは、農産物の生産(1次産業)だけでなく、加工(2次産業)、販売(3次産業)まで一体的に取り組み、農産物の価値を高め農業者の所得を高めていくことです。「6次産業」という言葉は、1次(生産)×2次(加工)×3次(販売)=6次を意味しています。平成22年に「6次産業化・地産地消法」が公布され、この法律に基づき農林漁業者が経営の改善を図るために、総合化事業計画の認定制度を設けています。総合化事業計画とは、農林漁業者が主体となり、生産(1次)、加工(2次)、販売(3次)を一体的に行う事業活動の計画です。総合化事業計画を作成し、農林水産大臣に認定を受けた事業者を総合化事業計画認定事業者といい、様々な支援を受けやすくなります。
「もったいないを6次産業化で解決」
私たちが総合化事業計画認定事業者になったのは、2014年12月5日でした。6次産業化をはじめたのは、サクランボ観光農園を運営する上での課題を解決するためです。サクランボ狩りの予約を受け付けると、本来は収穫しなければいけない時期なのにお客様のためにサクランボをならせたままにしておきます。最後のお客様がすべてのサクランボを収穫するはずはなく、多くのサクランボが残っていました。シーズン終盤のサクランボは果肉がやわらかくなっていて、生で出荷することは不可能です。残ったサクランボはすべて廃棄していました。それが当たり前になっていたのです。
「×(ダメ)じゃなく×(かける)こと」
東日本大震災があった2011年は、観光農園のお客様が激減してサクランボが例年以上に残り、大量に廃棄することになりました。悔しい思いをしたことは前回の記事でも書きましたが、今後も自然災害など、私たちがどうすることもできない外的要因により、サクランボが残ることがあるかもしれないと感じました。そこでチャレンジしたのが「6次産業化」でした。
「果樹園直営カフェをオープン」
総合化事業計画を認定していただいた翌年、2015年6月13日に、王将果樹園直営の「oh!show!café(オウショウカフェ)」をオープンしました。投資をしたのは、30万円のプレハブと看板ぐらい。メニューは、サクランボソフトクリームとオリジナルの100%フルーツジュースのみ。残ったサクランボとはいえ樹上で完熟したサクランボです。そのサクランボを果汁にしてオリジナルソフトクリームに混ぜ込み、新商品として販売し、結果、初年度に6ヶ月で6,000本のソフトクリームのご注文をいただきました。
「パフェの誕生」
ソフトクリームがうまくいったら次に商品化したいメニューは、すでに考えていました。
「王将果樹園のフルーツをたっぷりのせたパフェをお客様に食べてもらいたい!」
カフェをオープンした翌年、2016年4月に新社屋が完成し、その中にカフェスペースを設け、2階にはカフェメニューを食べられるラウンジ席もつくりました。そして、念願の「季節のフルーツパフェ」を商品化しました。サクランボ、モモ、ブドウ、リンゴやセイヨウナシ、ラ・フランスなどの旬のフルーツをもりもりにトッピングしました。パフェにはすでに商品化していたソフトクリームを使用しています。
「パフェの4つのコンセプト」
オウショウカフェ「季節のフルーツパフェ」の4つのコンセプトをご紹介します。
1様々な品種の食べ比べができること
2山形のくだものにこだわること
3見映えがよく食べる前から楽しめること
4ここでしか食べられないオリジナル商品であること
「季節のフルーツパフェ」は、発売後、すぐにオウショウカフェの看板メニューになりました。多くのテレビ番組、雑誌などで取り上げられ、SNSでも拡散されていきました。お金をかけた広告は一切していないのですが、いつのまにかある旅行雑誌の表紙になったり、山形県の観光パンフレットやポスターになったり、首都圏の多くの駅に掲示されたり、飛行機の機内誌でもご紹介いただきました。私たちが知らないところでどんどん有名になり、お客様に認知されていきました。
「パフェを販売して気づいたこと」
「季節のフルーツパフェ」を販売して、おもしろいなぁと思ったことがあります。それは、いらっしゃるお客様のエリアが変わったことです。パフェを販売する前は、約9割以上が山形県外のお客様でした。山形県人には、フルーツ狩りというサービスはウケません。おそらく山形県内でサクランボ狩りを宣伝しても効果は限定的だと思います。なぜなら、隣近所、親戚、知り合いに果樹農家がいて、サクランボやラ・フランスなどは狩るもの、買うものではなく、貰うものだからです。山形では、サクランボやラ・フランスをはじめ、美味しい農産物は子どもたちの給食にも出てきます。
パフェを販売してしばらくたった頃、駐車場のお客様の車のナンバーを見ると、山形県内のナンバーがズラリと並んでいました。サクランボやサクランボ狩りを販売しても売れないのに、同じサクランボがのったパフェは買ってもらえることに気づきました。こうしてカフェ事業は、山形県内や近隣のお客様にご利用いただけるようになりました。平日の午後は山形県内のお客様がほとんどです。移動距離が短いので混雑が予想される週末を避け、平日に足を運んでくださいます。移動距離が短いお客様は気に入ってくれると何度も通ってくれるようになります。中には毎年すべてのフルーツパフェをコンプリートする熱烈なファンも現れました。
また、コロナ禍で県境をまたぐ移動制限をかけられた状況でもカフェ事業の売上の落ち込みは、観光農園の売上と比較すると少なく、多くのリピート客に買い支えていただきました。
「カフェの売上が4年で14倍に」
2019年、カフェの売上は2,120万円になりました。オープンした2015年が150万円でしたから、4年で14倍に成長したことになります。2020年はコロナの影響で売上が減少しましたが、2021年は増加に転じ、2022年は過去最高の2,200万円になりました。パフェの年間オーダー数は20,000個、全オーダーの約75%がパフェ。オウショウカフェはまさしくパフェ屋さんなのです。
「汎用性の高い6次産業化モデルをつくる」
自社加工のカフェ事業は順調に伸びていますが、委託加工事業は横ばいの状況が続いています。委託加工とは、当社の原料を外部の加工業者に持ち込んで加工商品をつくってもらうことです。ジュースの他、フルーツソースやゼリー、ドーナッツ、ジェラート、ワイン、リキュールなどを商品化しました。
委託加工の商品は、世の中に類似品があり価格競争に入りやすく、レッドオーシャンで戦わなければなりません。そこで当社では、小さいロットでつくってくれるパートナーを探して連携しています。スモールスタートで始めて、売れ方を見ながら発注数をコントロールしています。
サクランボは生で保存するとしたら、冷蔵庫で保管してもぜいぜい1週間が限界です。それをジュースにすることで1年の賞味期限がつきます。そのジュースをサクランボソフトクリームに、ソフトクリームができればパフェに応用することもできます。サクランボジュースは、そのまま販売することもできますし、2次加工の原料にすることもできます。常時確保していますので、いつでも新商品の開発に着手できます。ソフトクリームに入れる果汁(ジュース)は委託加工しています。カフェ(自社加工)は、委託加工がなければ成立しないのです。
「女性の力で女性の需要を取り込む」
当社では、近年、女性スタッフが増えています。カフェをはじめ、6次産業化を積極的に推進しているからです。特に加工品の商品開発やラベルデザイン、陳列、接客、カフェメニューの提供などでは、女性が大活躍しています。また、私たちのメインターゲットが女性で、女性の食べたいもの、欲しいものをつかむことが6次産業化成功への第一歩です。
「6次産業化は1次×3次×2次で」
6次産業で加工商品をつくるより、生で売り切るほうが絶対に儲かります。なぜなら、加工商品は販売ルートが限られ、コストもかかるからです。加工原料や人件費を加工商品の原価計算に入れず、安易に値付けしているケースを見受けます。こんな加工商品をつくるなら、規格外品として生のままそれなりの単価で販売したほうがましです。
6次産業化はマストではありません。チャレンジするなら、「1次(生産)×2次(加工)×3次(販売)」ではなく、「1次(生産)×3次(販売)×2次(加工)」の順番で進めるとスムーズです。まずは自分で農産物を販売するルートをつくってから加工商品をつくるということです。
祖父が果樹農業(1次)を始め、父が観光果樹園(3次)を立ち上げ、私がカフェ(2次)をオープンし、6次産業化の柱がたちました。ある時、この流れが1×3×2になっていることに気づきました。私たちが6次産業化で外部から評価をいただいているのは、先代の方々が舞台をつくってくれたからなのです。
子どもたちが「継ぎたい!」と思うような農業経営とは
私が就農した2000年頃は、農地の規模拡大をしようとしても農地を貸したいという人がほぼいませんでした。しかし現在は、「もう農家を辞めたいので農地を借りて欲しい、買って欲しい」というお声がけをいただくようになりました。
なぜ、このように変化してきたのでしょうか?
理由は様々ですが、一番大きいのは「後継者不在」です。2021年の農林水産省の調査によると農業従事者の平均年齢は67.9歳で「農業従事者の高齢化」が着実に進んでいます。さらに、肥料や農薬、ハウスやビニールなどの資材費の値上がりを価格転嫁できず、農業経営で収益を確保することが難しい時代になっていることも「農家を辞める」一因だと思います。
「農業経営の礎は経営理念」
私が考える農業経営の基本は経営理念にあります。
「全従業員とその家族の幸せを追求すると同時に、美しい園地を守り、継承し地域の発展に貢献すること」
これが当社の経営理念です。一緒に働く仲間が満足しなければ、お客様が満足する商品やサービスを提供することはできません。農業は地域を支える基幹産業です。これからの日本では、農家の高齢化が進み、後継者不在により耕作放棄地が増えることが推測されます。日本の人口は減り続ける一方、世界の人口は増え続けている現実を踏まえると、食料生産を担う農業には大きな可能性があります。私たちは、地域の担い手不在農地の受け皿になるべく、人材育成や設備投資を進め、生産量日本一のサクランボ産地を守り続けます。
「脱家族経営・脱どんぶり勘定の20年」
1986年に農業経営を法人化し、2012年に農地所有適格法人に認定され、2014年に総合化事業計画認定、2020年にJGAP、2022年にノウフクJAS認証。もしかしたら、私たちは日本国内の農業経営体の中では、少し先を走っているのかもしれません。
私が就農した20年前、農業経営は法人化されていたものの、実際は法人と個人の境界がないどんぶり勘定でまさしく家族経営そのものでした。そうした経営をあらため、法人と個人のお金を原理原則に基づいてしっかり分けるようにしました。月次決算で現状を数字でつかみ、黒字決算を目指しました。売上を増やし利益を確保して一緒に働く仲間に分配しています。父所有の農地や土地建物を借りる場合には賃借料を支払っています。以前は、法人にお金がなくなると個人である代表やその家族から代表者借入れを繰り返していました。それが積もり積もって2,500万円の債務超過になっていました。現在は、父母からの借入れはすべてなくなり債務超過を解消し、資産超過になりました。
「兄弟で会社を経営するということ」
兄弟でやっている会社はうまくいかない。そんな話をよく聞きます。しかし、私たちは15年以上兄弟で会社を経営してきました。
私たちは、「お互いの妻を会社に入れない」というルールを決めています。繁忙期などの手伝いはOKですが、役員や常時雇用はNGです。
兄弟で会社を経営して失敗したケースを聞くと、兄弟同士はうまくいっていても、妻同士がぶつかって、その争いに兄弟が巻き込まれていくというパターンが多いようです。兄弟同士は血を分けた仲ですが、妻同士は他人で争いだすと家庭だけでなく、会社の中までおかしくなってしまいます。個人的なことは会社に持ち込まず、法人と個人をしっかり区別し、お互いに不満を持たないように気をつけています。父、私、弟はそれぞれ会社から離れた場所でそれぞれの家族と暮らし、仕事とプライベートを分けられていることもいい関係を維持できている要因です。
「矢萩式農経営とは」
「矢萩式農業経営とは?」と問われれば「外部環境と自社評価を客観的に判断し、強みを最大化するため、変化と工夫を繰り返し、よりよい仕組みを構築すること」とこたえます。そして、農業経営で日頃から特に気をつけていることが次の8カ条です。
1 固定観念や既成概念を打ち破る
果樹農家、サクランボ農家の常識や固定観念を壊してきました。
当社の栽培面積は約10ヘクタールですが、その6割の6ヘクタールがサクランボです。1,300本30品種のサクランボを育てています。早く収穫できる温室栽培をはじめたり、遅くまで収穫できる品種を導入したりして、通常30日だった収穫期間を60日にしました。また、結実不良の原因になる晩霜からサクランボを守るため、散水氷結法というシステムを取り入れています。
収穫期が短く、収穫量が不安定で、しかも日持ちがしないサクランボ栽培。あえてそこに特化することで経営の強みにしています。
2 ヒントは顧客の中にある
顧客分析を行ってから次の一手を打ちます。評価は内部でするものではなく、外部がするものです。SNSなどのクチコミを定期的にチェックしてお客様の生の声を仲間と共有し、商品やサービスの改善につなげています。
3 アンテナを高くして最新情報をいち早くキャッチする
知らないと損をする時代です。農業や観光など自社に関連する情報はいち早くキャッチできるようにしています。国、県、市の政策や補助金など自社にプラスになる情報をキャッチして適切に処理できる能力を養っています。ボトムアップで情報や意見を集め、素早く判断し、トップダウンでチームを方向付けしています。
4 +(たす)じゃなく×(かける)こと
多くの方と連携して商品をつくったり、事業を行ったりしています。連携することは「たす」ことではなく「かける」ことです。「かける」ことで思いもよらぬ結果が出ることがあります。「農副連携」は、農業×福祉の連携です。当社では3人の障がい者が働いています。農業には単純作業の繰り返しが多く、彼らが輝ける場所がたくさんあります。きっかけは、義弟が障がい者だったことですが、山形県の農副連携推進員より近隣の就労継続支援B型施設と自立訓練・就労移行支援施設を紹介していただき連携が深まりました。私が農副連携技術支援者(農林水産省認定)になり、社内に障がい者を受け入れる環境をつくりました。
5 ブルーオーシャンを探し、自らブラックオーシャンを創り出す
自分でつくったものは自分で決めた価格で自ら販売します。レッドオーシャンから抜け出し、ブルーオーシャンを探し、自らブラックオーシャンを創り出す努力を重ねてきました。あえてライバルができないことにチャレンジすることもあります。自社の武器を見つけ、磨き極めることが付加価値となり、差別化できると考えています。王将果樹園に来ないとできない体験やオウショウカフェのパフェは価格競争に入らない代表的な商品です。
6 現金の動きを手帳に記録する
会社に現金がどのくらいあるのか、自分がイメージしている状況と照らし合わせています。決算書を確認しなくても、現金残高を確認し、直近の収支を思い返すことで、今月は売上が足りないとか、経費を使いすぎたなど気づくことがあります。修正できる点はすぐに対応します。私は手帳に収穫量などの農業生産データと現在の現金残高を書き残して、前年同期と比較するようにしています。
7 50歳で社長をやめる
経営者の大事な仕事は、後継者を決めて育てることです。私は50歳で社長を退任します。理由は、「死ぬまで社長」が当たり前である農業界の悪しき慣習を変えたかったからです。私は34歳で父が60歳になったタイミングで代表権を引き継ぎました。後継者には後継者なりの農業経営に対する考え方があります。次期社長は、現在専務として支えてくれている4歳下の実弟です。一般的な退任年齢である60代まで社長を続けることもできますが、そうすると彼は50代から60代になっています。できれば40代で社長に就任させたいと考えました。それは年代によってチャレンジできることが違うからです。長期的な視点で持続的な農業経営を行うには、後継者を若返りさせる必要があります。社長の退任時期を明確にすることで、後継者は社長になるために準備を重ねますし、私は残りの時間を意識して自分のやりたいこと、やるべきことを実現しています。
8 自分の子どもたちが継ぎたくなるような農業経営
私と弟、2人とも継いだ農業経営。祖父母や父母の積み重ねてきた農業に魅力があったから、こうして引き継いでいると思います。その魅力とはいったい何だったのか。答えはまだ見つかっていません。ただし、一つだけ言えることは「楽しく前向きに仕事をすること」です。「つらい」とか「儲からない」などのマイナスワードは使わず、農業の楽しさを自然に伝えるようにしています。
自分の子どもが継ぎたくないような経営は、他人は絶対に継がない、と思います。
株式会社やまがたさくらんぼファームは、12期連続で黒字決算です。自然災害や天候により収益が左右される農業経営体としては稀です。一緒に働く仲間が増え定着率が上がっています。また、この20年間、私たちの農業経営が評価され、農林水産大臣賞をはじめ、多くの賞をいただきました。視察や講演の依頼が増え、テレビや新聞などのマスコミから紹介していただく機会が増えました。
しかし、講演や取材などの限られた時間では話せなかったこと、深く伝えきれなかったことがたくさんあります。そこで、これまで蓄積してきた経営の考え方をこの本に詰め込みました。農業者や経営者をはじめ、多くの人たちに私たちの経験が少しでも役立てば幸いです。
矢萩美智著
『さくらんぼ社長の経営革命―入園者ゼロになった観光農園の売上を過去最高にできたしくみ』編集後記
■原稿の印象
素直な癖のない文章だというのがはじめてお原稿を拝見したときの第一印象です。はじめての書籍の執筆ということでしたが、編集部サイドで大幅に手を入れる必要はなさそうだという安心とともに、やや事実の羅列のように感じられる文章もあり、抑揚を付けるともっと良くなるのではと思い、文章と文章の間に「とはいえ」「このようにして」「しかし」「一方で」といった接続詞を適宜挿入させていただき、よりストーリーとして流れができるように気を付けました。
また、校正の担当者が真鍋さんに決まり、真鍋さんは文章表現のご提案に強みがあると感じていたため、ゲラのチェックの際に、間違いの有無だけでなく、文章表現についても積極的に提案していただきたい旨伝えました。そのため初校ゲラではかなりご提案のメモが多かったと思います。
果物や加工商品、作業の様子等のお写真をたくさんご提供いただきましたので、これらを文章との関連の中でいかに取捨選択し、またレイアウトするかということもポイントでした。
とくに目立つ章の扉で大きめに使っている写真カフェの看板商品であるパフェの写真のレイアウトは見どころの1つです(カラーでないのがとても残念ですが、カバーデザインやネットで使わせていただいた写真はカラーで掲載しており、PRに役立っています。
レイアウトに関しては、お原稿の一部を組んだ見本をつくり、全体を組む前に矢萩さんにチェックしていただき、目次に入っている果物のイラストの並び順などを調整し、よりよいレイアウトになりました。
■初校,再校を経て完成した本や文章の印象
ほとんどの箇所について、こちらのご提案を採用いただき、協力的に著者校正を行っていただきました。さらに読みやすい、理解しやすい文章になったと感じています。また、決算にかかわる数値なども、直近のものにアップデートしていただき、鮮度の高い内容にしていただいたことも有難かったです。こちらも本書の売りのひとつである写真や図表の見え方については、アミ版の濃度なども製作部門や印刷会社の方にも確認を取りながら何度も調整し、その結果きれいな仕上がりになっていると思います。
■この本の読みどころ、読んでいただきたい読者層
コロナ下での過去最高売上の達成、12期連続黒字達成、ネット販売での大ヒット、行列ができるカフェの経営、SNSを駆使したマーケティング、メディア出演多数…そうした輝かしい結果を表面的になぞれば、いかにもスマートに成功した経営者の成功譚と見えるかもしれませんが、実際には自然相手の地道な作業、顧客の観察に基づく深い洞察、絶え間ない試行錯誤といった地味で細かな積み重ねがあり、そうした背景の部分も含めて、リアルに書かれていることが最大の魅力だと思います。
また、人材育成や働きやすい職場づくり、障害者雇用の取組み、近隣観光施設との連携、地域の活性化など、人材や地域についてもページが割かれており、人手不足や過疎などに悩む組織や地域の方にもヒントになることがたくさん含まれていると感じています。
興味をもっていただけそうなのは、農業に従事している方、農業の政策に関わる方、食品や飲食ビジネスに関わる方、他業種でも複数の収益の柱を立てたい方、新規事業に取り組みたい方、地域を活性化させたい方、危機的状況の乗り越え方や経営者のマインドに興味がある方、SNSの活用に興味がある方など、無限に引き出しがあり、想定する読者は多様です。
味も見た目も気分を上げたり、人を幸せにしたりする力がある果物やスイーツの写真を楽しみながら、ぜひ読んでいただきたいですね。
■矢萩様とやり取りをして・・
こだわりを持ちつつも、任せるところは任せていただけたことが有難かったですね。おそらく普段のお仕事でもそのようにされているからこそ、従業員の方々が安心して働くことができたり、いろいろな方とコラボレーションを成功させているのではと思います。一方で知らないことに対する興味(例えば出版に関すること、東京の飲食事情など)がとても旺盛で、そうしたことがビジネスを広げていく原動力なのだろうと感じました。
<校正・レイアウト担当:真鍋恭子さん>
■原稿の印象
読み始めてすぐに,軽快で親しみのある文章,リズム感,率直で正直な内容に,読者の心にスッと入っていきそう・・という印象を抱きました。
内容は骨太な経営ノウハウですが,文章は易しく,くすっと笑えたりしみじみするエピソードや矢萩様の熱い想いも挟み込まれ,どんどん読み進められるのが魅力でした。
■初校,再校を経て完成した本や文章の印象
最初の原稿では目の前で話をされているような臨場感ある文章が多く,それが1つの魅力でもあったのですが,書籍ということと読みやすさを考慮して,少し文語的にさせていただいた箇所がありました。しかし,最終的には,矢萩様の親近感ある雰囲気を基調として,経営ノウハウを存分にお伝えできる内容になったと思います。
体裁的には,写真点数が多かったため,なるべくシンプルに見やすい誌面になるよう努めました。
心地よい読後感とともに,しっかりと深い学びのできる「経営本」になったのではと思います。
■矢萩様とやり取りをして・・
解説で栗木先生が書かれているとおり,とても柔軟で,人を想う気持ち,人を受け入れる度量のある方という印象でした。校正について,私が気づかなかった箇所を的確にかつやんわりとご指摘くださり,本当にありがたく,丁寧なご対応に頭が下がる思いでした。
さらに,本書を読みながら,社員のみなさんのことを第一に考える理念に感銘を受け,周りの方々や地域への想い,その想いを土台にいろいろなアイデアを生み出し実行する力,さらに周りのアドバイスに耳を傾けられ取り入れられる柔軟性に,矢萩様の人となり,経営者としての大きさを重ね重ね感じ,私自身も多くを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。
最後に,,印象に残ったフレーズがあります。
「「くだものじはんき」のこだわりは,目立つように真っ赤な自販機にしたこと。・・・国道沿いとはいえ,夜は真っ暗です。その中に,真っ赤な自販機が明るく照らされている風景をつくりたかったのです。ここが果物の産地であることを,夜も発信したいと考えました」
暗い夜に明るく輝く真っ赤な自動販売機が目に浮かび,矢萩様の山形さくらんぼファームに懸ける想いが胸に伝わってきました。